【開催レポート】阿知須・いぐらの館で「古民家ミーツオキナワ」~三線の音色に平和への願いを込めて~(2026.6.21)

2026年6月21日、山口市阿知須の「いぐらの館」で、沖縄音楽の演奏会「古民家ミーツオキナワ」を開催しました。

この演奏会は、宇部市を拠点に活動する沖縄音楽グループ「ニライカナイ」と、山口市の三線愛好グループ「三線若葉の会」が一緒に開催しているもので、今年で3回目となります。

6月23日の「慰霊の日」に寄せて、沖縄の様々な歌をお届けしたこの日。会場には約90名のお客様が足を運んでくださり、三線の音色に耳を傾けたり、一緒に歌ったり踊ったりしながら、楽しいひとときを過ごしました。

古民家のお座敷に、三線の音色を

会場となったいぐらの館は、阿知須の歴史と暮らしを伝える古民家です。

畳敷きの二間続きのお座敷には毛氈が敷かれ、椅子が並べられています。

重厚な造りの建物ですが、どこか柔らかく清らかな空気を感じる場所です。広い縁側や手入れの行き届いた庭、丁寧にお手入れされている神棚なども、この場所ならではの雰囲気を作っているように思います。

いぐらの館の皆さまには、演奏会当日の準備だけでなく、事前の広報にも大変お世話になりました。阿知須の図書館や道の駅などにチラシを置いてくださったほか、新聞社などにも演奏会の情報を届けてくださいました。

館長さんをはじめ、スタッフの皆さまの細やかなご協力があってこそ、こうして演奏会を開催することができました。心より感謝しています。

懐かしい昭和の団扇も登場

梅雨時のいぐらの館は、ちょっぴり蒸し暑いのが悩みどころ。

エアコンのない会場では、昔ながらの扇風機が活躍しています。

そんな中、初回からこの演奏会の幹事を務めている木村葉子さんが、「実家を片付けていたら出てきました」と、昭和時代の団扇をたくさん持ってきてくださいました。

これがなんとも懐かしい!

お客様にも好評で、会場のあちこちで団扇がパタパタと揺れていました。

ニライカナイが届けた3曲

ニライカナイは、5月に開催した定期演奏会で披露した曲の中から3曲を選んで演奏しました。

ウムカジ(思影)

ネーネーズの代表曲のひとつで、去っていった恋人を思う切ない歌です。

国頭サバクイ

ヤンバルの森から木を切り出し、首里へ運ぶ様子を歌った勇壮な曲。
2018年に焼失した首里城正殿が、今年の秋に再建を終えることを記念する思いも込めて、力強く演奏しました。

時をこえ

HYの「時をこえ」は、平和への願いを歌った曲です。
沖縄の過去に思いを寄せながら、これからの平和を願い、心を込めて歌いました。

「安里屋ユンタ」で会場がひとつに

続いては、三線若葉の会との合同演奏です。

まずは「安里屋ユンタ」。

お客様にもお囃子をお願いすると、会場のあちこちから「サーユイユイ!」の声が響き、演奏者とお客様が一緒になって歌う時間になりました。

そして、続く曲は「オジー自慢のオリオンビール」。
カチャーシーも交えて、会場は一気に賑やかになりました。

ニライカナイでこの曲を弾き歌うのは、葉子さんのご主人である木村茂利さんと、宇部の松岡尚さん。

速弾きの曲も笑顔で軽やかに弾きこなし、茂利さんの力強い指笛も会場いっぱいに響きます。

三線、歌、手拍子、そしてカチャーシー。

古民家のお座敷に、まるで沖縄の風が吹いているようでした。

沖縄音楽を通して感じた「命どぅ宝」

今回の演奏会で、私自身とても印象に残ったのは、お客様が知らない曲であっても、じっと耳を傾けてくださっていたことです。

三線の音色を体全体で感じながら、同じ空間を共に生きているような一体感がありました。

そして演奏会の最後には、6月23日の「慰霊の日」に寄せて、皆さまにお話をさせていただきました。

81年前、沖縄戦によって多くの尊い命が失われました。

私たちは毎年この時期に、山口の地から沖縄へ祈りを込めて、この演奏会を続けています。

沖縄の音楽の根底には、いつも「命(ぬち)どぅ宝」――命こそが何よりも大切な宝物である、というメッセージが流れているように思います。

沖縄戦の後、すべてを失った人々が拾った空き缶などから「カンカラ三線」を作り、歌い、お互いを励まし合って立ち上がったという歴史があります。

沖縄の人々にとって、音楽は単なる娯楽ではなく、生きるための希望でもあったのではないでしょうか。

私たちが今こうして三線を奏で、皆さまと一緒に音楽を楽しめていること。

それ自体が、当たり前ではない、本当に尊い「平和」の姿なのだと、この日改めて感じました。

だからこそ、私たちも「今を全力で生きること」、そして「身近な人を大切にすること」で、命をつないでくださった方々から受け取ったバトンを次の世代へ渡していきたいと思っています。

アンコールは「涙そうそう」

最後は、会場全員で「涙そうそう」を歌いました。

山口の地から沖縄を思い、過去を振り返りながら、現在そして未来の平和を願う。
そんな思いを共有する、かけがえのない時間になりました。

「古民家ミーツオキナワ」が3年続いたこと

ここで少しだけ、この演奏会の始まりを振り返ってみたいと思います。

「古民家ミーツオキナワ」が始まったのは、2024年。

きっかけは、なんと「蛍まつりが雨で中止になったこと」でした。
当時、三線若葉の会の木村葉子さんは、小郡の蛍まつりで演奏するのをとても楽しみにしていました。
ところが前日の雨で、駐車場が使えないほどになり、蛍まつりは中止。

その知らせを聞いたとき、ふと私の頭に浮かんだのが、いぐらの館のことでした。

瞬時に、「6月23日は慰霊の日。ちょうど日曜日。だったら、いぐらの館で三線若葉の会と一緒に何かやろう!」と思ったのです。

そこからは、まさに怒涛の準備でした。

その日のうちにいぐらの館へ伺って相談し、翌日にはチラシを作って印刷へ。
開催まで20日ほどしかない中、ニライカナイと三線若葉の会の皆さんがそれぞれチラシを配り、いぐらの館も広報に力を貸してくださいました。

思いがけず、たくさんのお客様が来てくださいました。

近くで三線を演奏している二つのグループが、競争するのではなく、一緒に音楽を届ける仲間としてつながっていく。

そして、いぐらの館をはじめ、たくさんの方々に支えていただきながら、少しずつこの演奏会が育ってきました。

これからも、平和の花を

今年もこうして「古民家ミーツオキナワ」を開催できたことを、本当に嬉しく思います。

足を運んでくださった約90名の皆さま、三線若葉の会の皆さん、ニライカナイのメンバー、音響の内山さん、そして会場を支えてくださったいぐらの館の皆さま。

本当にありがとうございました。

これからも、お客様からいただく声を大切にしながら、この演奏会を長く続けていきたいと思っています。

三線の音色に平和への願いを込めて。

山口の地から沖縄へ、そして沖縄からまた山口へ。

「古民家ミーツオキナワ」が、これからも小さな平和の花を咲かせ続ける場となりますように。

そして、沖縄、日本、そして世界が、これからも平和であり続けますように。

宇部日報にも紹介していただきました

今回の演奏会は、宇部日報さんにも取材していただき、2026年6月23日付の紙面で紹介していただきました。

「開放的な三線の奏でを満喫」と題して、当日の演奏や会場の様子を丁寧に取り上げていただいています。

取材にお越しくださった宇部日報の記者さんにも、心より感謝申し上げます。

また来年お会いしましょう!