【演奏実績】戦後80年の祈り。光市「光照寺」戦没者追悼法要コンサート(2025/8/30)
晩夏の気配が漂い始めた8月30日(土)、光市の山間にある浄土真宗のお寺「光照寺」様にて行われた「戦後80年 戦没者追悼法要」に、ユニット「ちょっちゅね〜」でお招きいただきました。
今年は戦後80年という節目の年。
午前中のご法話、お昼の休憩、そして午後の追悼法要を経て、最後に私たちのコンサートという、一日を通して平和を祈る大切な行事でした。

静かな山のお寺に集まった、たくさんの想い
光照寺様は、山間にひっそりと佇む静かなお寺です。
集落も決して大きくはありませんが、この日はご門徒の皆様をはじめ、地域の方々がたくさん集まっておられました。
副住職の松浦様からは事前に「お忙しいでしょうに、ありがとうございます」と温かいお言葉をいただいておりましたが、当日も皆様の優しい笑顔に迎えられ、心温まる雰囲気の中でスタートしました。
厳かな法要の後、皆様の心が鎮まった本堂に、三線、フルート、ピアノの音が静かに響き渡りました。
歌と語りで紐解く、沖縄の歴史と平和への願い
約1時間のステージ。
今回は「戦後80年追悼」というテーマでしたので、ただ演奏するだけでなく、曲間に沖縄の歴史や背景をお話ししながら進めさせていただきました。
まずは沖縄出身バンドBEGINの「島人ぬ宝」で沖縄の美しさを感じていただき、そこからTHE BOOMの「島唄」へ。
この曲が、実はひめゆり学徒隊の悲劇から生まれた鎮魂歌であることをお伝えし、皆様と一緒に平和への祈りを込めました。
高校野球と沖縄の知られざる歴史
トークの中で特に力を入れてお話ししたのが、「高校野球」についてです。
ちょうど沖縄代表の高校が夏の甲子園で初優勝を果たし、日本中が沸いていた時期でした。
なぜ沖縄県民はあれほど高校野球に熱狂するのか。
そこには、戦後アメリカ統治下で「甲子園の土」さえ持ち帰ることを許されなかった悔しさや、本土復帰への悲願が込められています。
また、応援歌として定番の「ハイサイおじさん」の明るいメロディの裏にある、戦争が生んだ悲しい家族の物語についてもお話ししました。
今の平和な風景の裏には、先人たちの計り知れない苦難があること。
皆様、真剣な眼差しで耳を傾けてくださいました。
会場が一つになった「いのちの理由」と「涙そうそう」
ご住職のリクエスト曲である、さだまさしさんの「いのちの理由」。
「なぜ、人は生きるのか。誰かのために、誰かに支えられて、私たちは生かされている」
そんなメッセージを、ご住職や皆様と共に噛み締めました。
そして終盤の「涙そうそう」。
会いたくても会えない人への想いを歌ったこの曲では、ハンカチを目に当てて聴き入る方の姿も。
追悼法要という場だからこそ、歌詞の一言一句がより深く心に染み入る時間となりました。
アンコールは「武器を捨てて楽器を持とう」
最後はアンコールをいただき、喜納昌吉さんの「花」を演奏。
「武器を持つ代わりに楽器を持とう。争わずに花を咲かせよう」
かつてご本人から伺ったこの言葉を胸に、会場の皆様と一緒に歌いました。
演奏を終え、ご住職と奥様が山門までお見送りくださった時の温かい笑顔。
私たちの方こそ、心が洗われるような清らかな気持ちにさせていただきました。
戦後80年。平和であることの尊さを改めて噛み締める、忘れられない一日となりました。
光照寺の皆様、本当にありがとうございました。

■ 会場:光照寺(こうしょうじ)
自然に囲まれた、静かなお寺です。
公式サイト:https://www.kosyoji.com/


